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即興音楽とインプロ、音と声と彼方との邂逅

即興実験工房 ゆにわ

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キース・ジャレット 大阪公演後記
昨夜は見事な満月夜。
でも、この満月は自分にとって忘れられない日になった。
keith_jarrett-p1.jpg

高校1年生の夏だったか、当時は尾道駅の裏側にある『ANDY』という喫茶店に通い詰めていて、そこではいつもジャズのレコードがかかっていた。
『自分はピアノを弾いている。即興で適当に....』何て話をしていたら、マスターが『じゃ、これを聴きなさい』といってかけてくれたのがキース・ジャレットの『ケルン・コンサート』だった。

その時の衝撃といったら、それはそれはとんでもなかった。
喰い付くようにスピーカーの側に行き、次から次から万華鏡のように紡がれていく至高の音楽に取り込まれている自分がいた。
メランコリックなメロディー、時に甘く、時に鋭く変化する音色、有機的に連なって行き、現れては消えてゆく様々なイメージ。
その日のうちにレコードをダビングしてもらい、数本のライブビデオを借りて夢中になって聴いたものだ。
ジャズ理論など全く分からなかった当時、キースの奏でる不思議な和音(今でも音が分かってもあんな風には鳴らせない....)や目紛しく飛び交うスケールなどは再現不能だったけれど、いつしか自分の即興演奏はキースの影をずっと追い続けてきたと思う。
いや、世界中の幾多のピアニストが、彼の影響を受けその後を追い続けている事か...

完全即興によるピアノ・ソロ・コンサート
そんな事が可能なんだろうか?
もの凄いプレッシャーに打ち勝つ精神力とエネルギーを要する行程のように思えた。

東京に出ていった頃、キースはソロよりもむしろジャズトリオやモーツアルトやバッハなどのクラシック演奏等に向かっていた、僕自身も都会生活に対する反動からか民族音楽への傾倒が強まり、一時ピアノにも触れずに世界各国の音源を集めたり、琴などの日本の楽器に触れたりしていてキースの存在は一時遠くなっていた。
けれど、そうした音の旅は一段落して、一昨年からまたピアノに向かい始めるにつけ、僕の中のキースへの想いが、またふつふつと再燃してきていた。

ただ、そんな中、キースは一時体調を崩して一線を退いていたりした事を知った。良く調べなかったのだが、まさかソロの活動を復活しているとは夢にも思っていなかった。
偶然に覗いたサイトで今回大阪でのコンサートがあり、しかもソロと聞き、慌ててチケットを注文した。
『ANDY』でケルンコンサートを聴いてから、かれこれ20年以上の伏線だった。

開場して席に座り、ステージが始まるまでの時間がいかに長かった事か。
訳も無く緊張してきて何度もトイレに行ったりパンフを買いに行ったりして席を立った。続々と埋まってゆく客席、これだけの聴衆を前にして、ゼロの状態から一体何を奏でるのか?
もし自分だったら、この空気の中でどう奏でられるのだろうか?とも考えた。
ブザーが鳴ってもなかなか席に座らない客に少し苛立ちを覚えながら、やがて客席の灯りが消え、ステージが少し明るくなって、そこにキースが現れた。

体の力が抜けて、まるで子供のような雰囲気のキース(自分にはそう見えた)がピアノに近づき、いつものお辞儀。両手をだらんと下げて深々と頭を垂れるところは以前見た映像そのままだった。

弾き始めは、いきなりセリーのような怪しい音使い。
落ち着かずに浮遊して、歌いかけては霧散したり崩れてゆく。
せっかくのキースなのだから、1音も聞き漏らすものかと異常なまでに集中しながら音に入り込んでいたが、一向に歌が始まらない。
とりとめも無く不協和音が続き、パッセージは徐々に早く、複雑になってゆく。
あの切ないメロディーや、繊細なガラス細工のような和音を期待しつつ、その音の洪水の中に時々見え隠れする美しい響きを必死に探した。
まるで嵐の晩に星を探すようなものだ。

いつしか、頭の中でいろいろな想いが錯綜し始めてきた。
今日のコンサートは、こんな風に難解な方向で終わってしまうんだろうか?という一抹の不安もよぎった。
嵐のような一曲目が終わると、一度バックステージへと消え、再び弾き始めたけれど、やはりセリー的な展開。敢えて、美しいメロディーや素直な響きを避けて通っているかのようなのだけれど、しかし高域の美しいタッチは紛れも無くキースその人の音だった。

ひとつのテーマを描いては数分で閉じる小曲の演奏が続いた。
激しさの後には静穏が、そしてまた躍動。
まるで始めにカオスを生み出し、その不定形の海の中から時折幻影のように浮かんでは消えつつ、何かを形作っていこうとしているかのように見えた。

そこでは観客の期待に応える(媚びるという意味で)ような姿勢は微塵もなくて、ただ音楽に向かい、まだ一度も現れた事の無い、まさしく今生まれ出ようとする音楽に身を捧げている一人のピアニストの姿だけがあった。
それは自己との戦いのようにも見え、祈りのようでもあった。

時に立ち上がり、うなり声をあげ、またピアノの上に沈み込んでいきそうになりながら、珠玉の響きを生み出し続けるキースの姿を見つめているうち、いつしか会場の空気が和んできて、不思議な柔らかいエネルギーが満ちて来るのを感じた。

アンコールは何と3曲!
1曲終えるごとに会場との距離が近づいていくように感じられた。
ラストは『Over the Rainbow』この曲だけは完全即興ではなかったけれど、何と愛の溢れる演奏だった事か!
1部からのいろいろな流れが、最後にこの曲で完結したように思えて、涙を流しながら『キース、ありがとう!』と心の中で叫んでいた。

途中、酷い咳で演奏が止まってしまったり、拍手が早く入りすぎて音楽の余韻が途切れたりと、観客のマナーにちょっと問題を感じたりする残念な場面もあったけれど、僕にとっての初めてのキースの生演奏は、強烈な印象と感動を持って刻み付けられた。

これを機に、足繁く来日公演には通いたい。
| 音楽の悦楽 | 01:28 | トラックバック:0コメント:0
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Author:m-UTA-nt
出雲在住 即興ピアニスト、ヒーラー 

スタジオゆにわ 主宰
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